ロック界のカリスマと言えば…みなさんは誰を想像しますか。私にとってはロック界のカリスマはこの人しかいない。という人がいます。そのストイックな生き様はほんとにカッコイイし、歳を重ねた今でも色あせることなく輝きを放つ彼の事を、かれこれ20年近く想い続けています。つまり大ファンなのです。ライブやツアーもできる限り足を運び、全身でロック魂を感じるのは、この上ない至福の時間で充実しています。病み付きです。いろいろな音楽のジャンルがありますが、私はロックこそ、ライブに行って会場でのアーティストとオーディエンスとの一体感を味わうにはもってこいだと想っています。あの感覚は行ったものにしかわからない、DVDなどの映像からは感じ取れない独特なものです。ジャンプして拳を上げて大声でアーティストと一緒に歌い、会場が大合唱でいっぱいになる時のあのスカッとした気持ちよさ、それまでの日常のもやもやなんて一気に忘れます。私は初めてロック界のカリスマと崇拝している彼のライブでの感動が今でも忘れられなくて、コツコツとロック貯金をしてはライブが開催されると、地元はもちろん日程が合えば遠征してでも参加したくて何度も行っています。もはやライブ中毒、ロック中毒とでも言いましょうか…でもこれに出会ってから、楽しみもできたし日常もほんと前向きに生活できるようになって、仕事も頑張れていい事だらけです。こんな中毒ならずっとこのままでもいいかなって思います。ロック最高。
1990年以降ロックは、オルタナティブ・ロックの潮流と科学技術の目まぐるしい発達によって、もはやロックというジャンルでは括れないほどに細分化していきました。ロックは新たな可能性を求め、より実験的な試みを行い、先進的な音楽を追求するバンドも数多く現れましたが、そうした試みが多くの場合悉く失敗に終わり、また成功しても大衆からの支持は得られないという状況もあって、そこにロックの限界を感じるミュージシャンや評論家が多くいた事も事実です。そうした中でやはり、時代の寵児となっていったのは、大衆性を帯びつつも現代という時代性を的確に捉えたバンドでした。
私はロックもヴィジュアル系も同じだと思うひとです。ロックも好きだしヴィジュアルもすきです。でも中にはロックは好きだけどヴィジュアル系は嫌いだ。逆にヴィジュアル系は好きだけどロックは嫌いだって言う人もいますよね。もともとヴィジュアル系は日本のロックミュージックみたいになってるけど海外でもヴィジュアル系も脚光を浴びロックバンドと肩を並べるほどになってるんじゃないかなと思う。
ロックの発祥はアメリカであり、1950年代に生まれたといわれる。ロックバンドの基本の構成は、ボーカル、ギター、ベース、ドラムである。この音楽は白人の音楽と黒人の音楽が融合して生まれたといわれる。現在のロックは他のいろいろな音楽の要素を取り入れたものになってきているといえる。国内でのロックはあまり盛り上がっていないといえるようだ。ロックバンドは少し前はたくさんデビューしていたイメージがあったが、今はあまりテレビでも見ることがなくなってきた。
今から20年ほど前にロックブームが来ていた。そのころのオヤジたちはガチャガチャしているこのロックというものを受け入れることは少なかった。我々は、ロックというのは今となってはそれなりに認知されていたが、そのころまではというと、決してメジャーなものではなかった。それまでは、演歌というものが主流であったため、ロックイコールヤンキーとか野蛮な類で理解されなかったのかなあとも思う。しかし、現在では逆転している。
ロックミュージシャンとはクリエイターありながら、同時に演奏者でもあるわけです。他のクリエイターと異なっているのは、彼らが芸能人であり、とりわけ若者に憧れられる対象であるということです。ですから、例外もありますが、大抵の場合、ロックミュージシャンのヴォーカリストは容姿が良い。クラシックなり、ジャズなりだったら容姿は関係ないはずなのにロックという音楽に於いてはその人の姿・形がとても重要視されます。