ロックは1950年代に生まれました。そして、1960年代初頭から1970年代初頭のブリティッシュ・インヴェンジョンによってロックの形式は確立されたと言えるでしょう。とりわけリバプール・サウンドの代表格といわれた4人組のバンドは結成当初こそアイドルとして受け入れられていましたが、次第にアート性を強めていき、ロックという枠を超えて様々な実験的な試みをしました。彼らの活動は、良くも悪くも後世のロック・ミュージシャンに今なお多大な影響を与えており、彼らのアルバムはロックのバイブル的存在となっています。1970年代のロックは、更にロックが色々な形で新たな表現形式を追求し続けた年代であり、ロックが最もロックらしかった時代とも言えるでしょう。70年代初頭にはハード・ロックやプログレッシブ・ロック、さらにはグラム・ロックといったジャンルが派生していきそれぞれの表現形式で独自の音楽を追求していきました。しかし、ジャンルという事自体がある種の形式を作り、自由な表現を妨げてしまったのも事実です。1980年代には、MTVなどのメディア媒体により、ロックが商業的手段として用いられ、コマーシャリズムが強くなっていきました。CDの誕生によりさらにサウンド自体が人工的に磨かれる中で、ロックはリアリズムを急速に失っていきました。しかし、1990年代に突入するとオルタナティブ・ロックの爆発により、ロックは本来の生生しさを取り戻し、2000年を超えた今も、新たな表現形態を追求し続けています。
1970年代初頭から中期にかけて、流行したロックのムーブメントの一つがプログレッシブ・ロックです。プログレッシブ・ロックは、1970年代様々なロックのジャンルが生まれた中で、最も注目された音楽の一つであり、尚且つ最も異質な音楽の一つであったといえるでしょう。プログレッシブ・ロックはイギリスで生まれた音楽です。その特徴は、クラシックやジャズなどの音楽に影響を受け、その音楽的要素を取り入れて作られたことです。
ロック音楽は何故今なお、多くの人々に愛されているのでしょうか。1960年代初頭にボサノヴァが大きな注目を集めていた時、ロックの台頭により一気にボサノヴァは衰退しました。一部ではロックがなければ、ボサノヴァが世界を席巻していたのではないかと言われる事もありますが、それであれば、随分世界は上品であったかもしれません。しかし、ロックがなくてもボサノヴァが世界を制する事は恐らくなかったことでしょう。なぜなら、ボサノヴァは、美しい音楽ですがそこに若者には今一つ物足りないものだからです。
私は10代の頃家族と同じ位に大切な存在のロックバンドが居ました。彼たちの音楽に触れられることが幸せで、ずっと好きでいるんだろうなと思っていました。当時私は周囲から孤立していたので、好きなロックバンドと語り合う友達も居ませんでした。しかしライブに行きたい。彼らに会いたいと思う気持ちはとめる事が出来ず、母を誘って初めてのライブに行ったのが忘れられません。初めて行ったのは大阪ドームのライヴ。アリーナ席の一番後ろではっきり行って巨大モニターがなければ何も見えないような状況でした。それでも私は足元から伝わってくる彼たちロックバンドが奏でる音楽の振動に感動し、涙が止まりませんでした。
よく好きな音楽はと聞かれフォークとかクラシックとかロックなどと答えていますが、ロックの中にも様々なジャンルがあるという事実からすると一括りにされる事に非常に抵抗を感じます。例えばアメリカのロックということでアメリカンロックというジャンルがあります。でもアメリカのハードロックはアメリカンハードロックであり、アメリカンロックには含まれません。これはイギリスのブリティッシュロック、ブリティッシュハードロックも同じです。その他にもアメリカの南部にはサザンロックと呼ばれているものもありますし、30年程前には大人のロックって事でアダルトオリエンテッドロックなるものもありました。
邦楽のロックは多分に1980年代半ばに流行したLAメタルの影響が顕著に伺えます。これは、一般的にもよく言われていることで、実際多くの日本人がミュージシャンという言葉をイメージするとき、このLAメタルシーンのミュージシャンの姿を想起します。この理由はいくつか考えられるのですが、例えばバンドブームが流行した時代がちょうど80年代であったり、またこのころから日本でもロック・バンドという形で活動するミュージシャンが急激に増加したことも理由として挙げられるでしょう。実際、かつて程の勢いはなくなったものの、未だにヴィジュアル系というジャンルが存在する邦楽シーンが、LAメタルの多大な影響を物語っているように思われます。